転換期の作法

id:tatsuya_i氏とid:lazywhite氏と三人で国立国際美術館にて開催中の展覧会『転換期の作法』を見てきました。

20世紀末から21世紀初頭にかけてまさに激動の時代を体験している、中東欧地域(ポーランド、チェコ、スロヴァキア、ハンガリー)の現代美術を紹介することが本展覧会の目的です。これまでにも、この地域の現代美術を含む展覧会は開催されたことがありますが、主として90年代以降に焦点を絞った本展覧会は日本で初めての試みです。

とチラシにも記されているように東欧の現代美術を取り上げた展覧会。シュヴァンクマイエルの映像が展示の最後に流れていたり(閉館時間間際ゆえに未見)していたものの知っている作家はまったくおらず、初めて聞く名前ばかり。全体的な印象としては、どこかユーモラスで小憎たらしいものが多かったような気がします。しかしただ面白いだけではなく、その背後にはここの作家が抱える問題意識がわかりやすい形で潜んでいて、ユーモラスな表側とのズレが展覧会に深みを与えていました。
入ってすぐの映像作品では、若い男女十数人が教会で聖歌を歌っているのですが、まったく歌には聞こえない。伴奏として奏でられるオルガンの美しい音色に対して、彼らの歌声は単なる叫び声にしか聞こえず、それでいて真剣な彼らの表情はどことなく滑稽に見えてしまう。しかしさりげなく置かれた本展の図録を読むと彼らは聾唖学校の生徒であることがわかる――キャプションに記さないところがずるく、うまいと思う。耳の聞こえない彼らは発声のタイミングこそ指揮者に合わせているが、音程は楽譜を解釈し自分なりに声を出すしかない。
そのほかには、アゾロという芸術家集団(?)による映像作品――新しい芸術作品を作ろうにも出すアイディア全て先人たちによって既にやられてしまっているという状況にまいっている状況を写したもの。反体制的な芸術活動と犯罪との境界を主題として、信号無視といった些細な反抗をするというだけの映像作品、見た展覧会を≪すごく気に入った≫と軽い口調でただ褒めまくるだけの作品。ペンキ塗りや荷物運びをトレーニングマシーンにしたものや、お金とは何か?お金を無くしたらどうなる?といったことについて語るトークボーイ、踊る買い物袋、ハイネケンの缶で作ったサボテン、ベルリンのランドマークに人口の山を作ろうという架空のプロジェクトを作品にしたものなど沢山の作品が並ぶ。
社会主義の崩壊による価値観の転換という東欧諸国の事情を考えると、貨幣、労働に対する価値観の混沌が、ぱっと見たときのユーモラスに反して深刻さを増して見えてくる。それと同時に、エリザベス・ペイトンを思わせるようなタッチの油彩画があったりして、その影響なども垣間見えたりもし、思っていたよりもずっと面白い展覧会だった。"I like it very very much !!"。
あと、イリヤ・カバコフを初めとする、国立国際美術館が所蔵する東欧の作家の作品を常設展示でさりげなく見せている心遣いはさすがです。