鏡と窓
ドキュメンタリー写真を中心に、これまでの講義ノートとかメモとかを少しずつ纏めている。対象との直接性、記録性の強い写真において、ドキュメンタリー写真という用語がトートロジーに陥らなかったのは、用語が使われだした1920年代当時において芸術写真というもう一つの枠組みがあったからである。このような大きく分けてピクトリアルとストレートという言説の間でモダニズム写真は展開していく。
ドキュメンタリー写真はストレート写真の極に位置することになるのだが、もう一方で社会的に動機付けされるという特徴を持つ。けれども大戦期におけるプロパガンダ戦略の反省以降、ドキュメンタリー写真の基盤も集団への不信から個人へと移行していくし、写真のあり方もまた変化していく。
もちろん現時点から見ればこのピクトリアルとストレートという言説空間は非常に単純化されてしまっている。単純なこの二極間の構図に捕らわれることなく、具体的な作家や写真を、コンテクストを踏まえたうえで精査していく作業が必要。あと、ドキュメンタリーを考えることは基本的にリアリズムを考えることなので、写真だけでなく、同時代の文学や映画にも眼を向けていく必要がある。