原爆=写真論―「網膜の戦争」をめぐって

原爆=写真論―「網膜の戦争」をめぐって


今日バイト帰りに書店で発見。自分の研究領域と随分というかほとんど重なっているので迷わず衝動的に購入。まだ帰りの電車内にてぱらぱらと見ただけなので良くわからないけれども、原爆、戦争、写真(史?)がキーワードのようだ。アマゾンでの評価は軒並み高い。

この本によって、私はなによりも写真批評の可能性を強く感じた。「戦後60年」を名打った記事が、新聞や雑誌にも散見されるが、この本のように本格的に挑まれたものは少ない。本書によって、私は原爆と戦争と写真について深く深く考えさせられた。夏が来れば思い出すのは「水芭蕉」と「ヒロシマナガサキ」というのでは、歴史は繰り返すというほかないでしょうけれど、真っ平ごめんだ。久しぶりにガツンときたお薦めの1冊です。

とか、

多くの写真家、そして写真家を目指している若者、更には社会に迎合して甘んじている写真評論家に、この一冊の本を読して欲しい。

とか。
ただ、不思議で仕方が無いのだけど、写真論なのに、何故一枚も写真が掲載されていないのだろう。不思議だ。ある先生の受け売りだけれども、写真という(広い意味での)経験を純化していこうとする論の運び方は、結局全ての写真にも言えてしまうものになってしまいがちだ。そういう論を前提にしつつも、具体的な作家なり写真なりに近づいていかないと駄目なのだと思う。この本がどうなっているかわからないけど、ちゃんと読んでみようっと。
ところで、著者の鈴城雅文さんってどんな方なのだろう。デジャ=ヴュとかに書いていらっしゃったみたい。