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様式の闘争としての「修復」

件のスペイン宗教画の「修復」を改めてちゃんと見てみた。

別に意図的に無茶しているわけではなく、もとの絵を踏まえた上で、それをきちんと再現しようという努力はしてる。その意味で、技術的には稚拙であるものの、別に作品を雑に扱っているわけでは決しなく、むしろ、信仰心の表れとして、修復を行おうとしているように思う。その意味で今回の事例をただちにヴァンダリズムとみなすのには抵抗がある。

ただし、明暗法を駆使して描かれた元絵の立体感に対して、上書きされた絵は、まったく明暗法が用いられていない(努力の痕跡はあるけど、光源とかを理解したうえでのことではない)。空間の把握の仕方が全然違う。元絵とのギャップは(写実性を規範とするのであれば)確かに「稚拙」にも見えるけど、見ようによっては、中世の平面的な様式へと強引に引き戻す試みのようにすら見える。様式が闘争する場を創出する作業としての修復。

そもそも、「美術作品」の「オリジナル」が損なわれたことを批判する諸言説はわからなくもない。けれども、あくまでそれが礼拝の対象であることを鑑みれば、熱心な信者による修復は、それはそれで意味のあることかもしれない。見方を変えれば、様式回帰的な今回の「修復」は、宗教画の美術品化への抗いなのかもしれない。