映像学会

映像学会(於:立命館大学衣笠キャンパス

  1. 「享受される速度――明治四〇年代・京都における汽車活動写真と保津峡――」
  2. 「アニメーション表現における人間と人形の問題について―押井守うる星やつら2ビューティフルドリーマー』『イノセンス』を中心に―」

の二つの発表を聞く。バスが行楽シーンゆえに大幅に遅れて、発表の頭は聞き逃してしまった。一本目は明治40年代、京都は新京極にあった汽車活動写真館を扱ったもの。この発表で扱う汽車活動写真館とは二条から亀岡に至る景観を、汽車の先頭にカメラを据え撮影し、それを上映するというもの。景色の変化に合わせて椅子が動くという、現在の遊園地でもみられる視覚装置だったようだ。ただ発表はid:chi_taさんが指摘しているように、「報告」に終始していてた。結論も非常に曖昧で、正直物足りなさを感じた。
二本目の発表は、アニメという描かれたものでは、人間と人形の区別は色やちょっとした細部といった記号的な区別によってのみなされるということを前提にし、宮崎駿から大友克洋へと引き継がれたレイアウトシステム*1を軸にしアニメーションにおける人間と人形のあり方を考察するもの。レイアウトシステムのモデルとして、宮崎的なもの、つまりキャラクターのアクションによって変化が生じるタイプと、押井的なもの、つまり背景、状況の変化が物語を進行させるタイプの対立が提示され、整理されていく。ただ、昨日のエントリーでも羅列的に記したけれど、(http://d.hatena.ne.jp/Arata/20060324#p1)人間と人形といった「現実的」と「虚構的」なものの境界線の曖昧さは多くのアニメーション映画に於いて重要なテーマとなっているゆえ、そこと絡めて論が進んでいくのかと期待したのだけれど、最終的に作家の技量や才能というところに急旋回してしまったのが個人的には残念だった。

*1:構図や、カメラワーク、カットなどなど。